9人委員会インタビュー
株式会社 ドムスデザイン(一級建築士事務所)
株式会社 美しき看護 代表取締役
戸倉蓉子さん

環境が変える、
美と健康のエネルギー

UP DATE _ 2015.12.07

「殺風景」という罪がある

 小児病棟の看護師が、私の最初の仕事でした。ナイチンゲールにあこがれて手にしたやりがいのある職務でしたが、死と隣り合わせにある子どもたちの入院生活は過酷です。病と闘いながら、時には幼い命を落とすその子たちのそばにいながら、看護師の私はあまりにも無力だと思い知らされる日々でした。ある日のことです。いつもほとんど無表情でいる白血病の女の子のベッド脇にささやかな花を飾ると、彼女はこぼれるような笑顔を見せてくれたのですね。その少女の笑顔に触れてナイチンゲールの「快復に必要なのは環境である」という言葉が蘇ってきました。患者を案じ、早く良くなってほしいと願う周囲の気持ちは、環境に配慮することで伝わるのだと。

 まだ新米看護師の私でしたが、やるべきことを見つけたと思って婦長に提案を繰り返しました。「この病室の寂しいグレーの壁に、楽しい絵を描いたらどうでしょうか」「窓辺にいつも明るい色の花を飾りましょう」。言っていることが間違っているわけではないと、婦長も理解していらしたでしょう。しかし、「それは看護師の仕事ではありません」とキッパリ釘をさされました。手も足も出ない、気持ちが縛られてしまったような無力感でした。

 「看護師の立場ゆえに、患者さんの環境を明るくできないなんて」。大きな矛盾に苦しみながら自分に何が出来るか葛藤した結果、それを実現出来る仕事へ向かう覚悟を決めました。私は病院を辞め、私の手で病院の環境を変える建築家を目指すことにしたのです。無謀というより、やらなきゃという使命感が大きかったかもしれません。

答えは、イタリアで輝いていました。

 「理想を求めすぎて現実を見ていない」とたっぷり周囲から心配されての離職。夢見がちなのだと苦笑いされていることも知っていましたが、ナイチンゲールの「環境の力」の教えが真実だと体験してしまったのですから、私の人生を賭けて動かない訳にはいかないと思いました。当時まだ、日本の病院では医療効率が第一で、私が求めている「気持ちを元気にする環境」のモデルがなかったので、アメリカ、フランス、イギリスなどを訪ね歩き、ついにイタリアで「環境が、美や健康に力を与えている人生」に出会いました。

 住まいが開放的で美しいのはもちろんのこと、中庭や路地にも人の触れ合う場があり、小さなテーブルや一脚の椅子も街灯も美しく、光と色と、生きることを愛する情熱があふれていました。そして私は、イタリアで学ぶことを決め、やがて世界的な建築家パオロ・ナーバ氏に弟子入りを果たし、最終的に日本で一級建築士を取得しました。今回撮影場所として使わせていただいたマンション「La Bella Vita(ラ ベラ ヴィータ 美しい人生)」は、そんな私の思いで造り上げた建物でもあります。

 イタリアでは建築の素晴らしさもそうですが、年令を重ねることをこんなに楽しんでいる人々に初めて出会いました。そこまでの外出でもちょっと素敵に身支度をして、おいしい食事を楽しみ、黄昏時には軽くダンスのステップを踏む。魂と体が喜ぶことを毎日の暮らしにするのですね。
「人生を楽しむと決める」。そうすると、美しい自然や音楽、着るもの、暮らしの道具、人に向ける表情まで、大切なものを選んでいけるように思います。私は今日まで多くの建物をデザインしてきましたが、「ああ、美しい」と感じることを何より大切にしてきました。そうつぶやいた瞬間、元気な気持ちが湧き上がってくるからです。楽しいことをサボってはいけないのですね(笑)

「自分の居場所」をあきらめない人生

 女性はいつまでものびやかで、元気で、可愛らしくわがままで(笑)、そしてもちろん美しさへの情熱を失わずにいて欲しい。長い人生ですから、人には病いや老いが訪れますが、それも毎日の営みは続いていきます。私はその年月さえも、楽しく、美しく支えるお手伝いをしたいと願っています。

 例えば、体調が優れなくなると、日本のシニアは身の回りを片付けて介護施設に入ることを検討し始めることがありますね。でも本当は、自宅で今までのような暮らしを続けたいと願う方がほとんどです。もし、不安な健康管理を手伝ってくれたり、食事やヘルスケア、あるいは美容までサポートの手が届けば、自分の居場所で、限りなくいつもの暮らしに近い日常生活が叶います。それを実現するために「株式会社美しき看護」の設立も果たしました。年令を重ねたらこうあるべき、体調が悪くなったら楽しい暮らしを後回しにするしかない。。。そんな既存の価値観に、私は「NO」と言いたいのです。耳を傾けるべきは、ご自身の内なる声ではないでしょうか。正直で、いきいきとした、その本当の気持で毎日を楽しく健やかに過ごしていただきたいと思います。

 環境が変わると、そこにいるすべての人に影響が現れます。明るさ、清らかさ、楽しさ、美しさ。人間が愛する環境が、本来の生命力をきっと呼び起こします。さまざまな事業を続けてきて、やっぱりナイチンゲールの言葉は真実だなと感じますね。

戸倉 蓉子/Yoko Tokura
株式会社 ドムスデザイン 代表取締役 一級建築士

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